障害児、療養児(病児)と健常児の統合保育を行う横浜市鶴見区の保育園

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2015年4月 みんなの声

柴田 悠ちゃん

柴田 悠ちゃんいよいよ今年度は最後の心の声です。
先日の卒園式・発表会は家族で大感動しました。
悠は今年に入ってから風邪ぎみで鼻をズルズルしているものの、入院する事もなく元気にこの日を迎えられました。

発表会では、やはり序盤から感動しウルウルした母でしたが、あまりにも楽しそうに歌う悠を見て家族と微笑ましく見させてもらいました。
運動会では泣きべそをかく場面もあった悠ですが、この日は自信満々!前の日から「明日の発表会ママ見に行くから頑張ってね!」と言うと興奮ぎみに「頑張る」の手話をしていた悠。その言葉通り、終始ドヤ顔でした(笑)
本番でお友達と一緒に歌う悠を見て驚きや感動ももちろんありましたが、やはり入園させて良かったと思いました。
まだ入園する前、悠の進路に大変悩みました。
カンガルー保育園以外にも沢山の施設を見学しました。ですが、気管切開がある悠に合う場所は当時住んでいた地域にはなかなかありませんでした。
普通の子達と集団生活する事が悠にとって一番合っていると言われ探してみたものの、幼稚園、保育園では「吸引が必要だから…」と言われる事ばかり。
発達支援の施設では「悠ちゃんには合わない」と言われ、予想はしていたものの何度も心が折れました。
柴田 悠ちゃんそこで見つけたのがカンガルー保育園。住んでいた場所から遠く、最初は見学だけしてみようくらいの気持ちでした。
見学して驚きました!元々ビビリな悠だったですがお友達の真似をして遊具のブロックに登ったり飛び降りようとしたり…また順番に並べずにいる悠の手を引っ張ってくれるお友達。今まで見たことのない事ばかりでとても印象に残る一日でした。

そして大事な就学前の2年間、たくさんの事を体験してほしく当時住んでいた場所から離れていたカンガルー保育園を選びました。
不安もたくさんありましたが、今はカンガルー保育園を選んで本当によかったです。
この間の卒園式・発表会が終わった後も家族で「こんなに生き生きとした悠に成長してよかったね」と話しました。
残り一年間も、たくさんの経験をし学び、楽しい思い出を作ってほしいです。
そして母はこれから一年、就学に向けて悠に合った場所をみつけるため奮闘しようと思います!


村山 陽奈ちゃん

村山 陽奈ちゃん2月に無事誕生日を迎え、もう4歳になりました。
ひなにとっては健康に誕生日を迎えられることがなによりの幸せです。
最近ではやんちゃな妹にチューブを引っ張られ、パチパチたたかれ、なんだか迷惑そうに「フゥー」と息をもらしたりしています。

「あとどれくらい生きることができるのか?」・・・重度の脳障害があり、呼吸器をつけ、自分の意思を伝えることができない娘はいつ、なんどきに空からのお迎えがくるのか?たまに無性に不安になることがあります。
特に去年は同じ障害を持つお友達が立て続けに亡くなってしまい、こんなことを考えてしまう機会が多かった。
ちょっとした風邪から肺炎になり、すぐにお星様になってしまいました。
こないだまで元気だったのに・・
私たちは普段あたりまえのように生きています。でも生きるというのはあたりまえのことではなく、一生懸命生きる!という生命力の強さなのです。生きたくても生きれない命もあるのです。命の尊さをいつも身近に感じさせてくれるひなに感謝です。


綾 優太くん

綾 優太くん「月刊ゆうた(自称)」です。
 平成26年度が終わります。年度末です(本稿作成時)。
 世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし……思えば、大人になってから「のどかな春だなあ」と思うことがすっかりなくなってしまった気がするのは、私(ゆうた父)だけでしょうか。世の中に年度末のなかりせば春の心はのどけからまし……。
 そういう大人の事情(笑)はさておき、年度末といえば、卒園式ですね。
優太が卒園するお友達を送り出す役に回るのは、今年が最後です。とはいえ私にできることは「とにかく当日まで体調を崩さないでくれ」と祈るだけだったのですが、なんとか無事に、当日を迎えられたようです。
 それでは、去年と同じく、優太のお父さん(私)から、卒園していくお友達に、お礼のコメントを寄せたいと思います。
 小学1年生には難しい話かもしれないが、優太のお父さんは易しく説明するのがどうしても苦手なので、許しておくれ。

 ご卒園、そして小学校ご入学、おめでとうございます。
これまでほぼ毎日、そして2年9か月間にわたって、優太と仲良くしてくれて、そして、優太に大切に接してくれて、ほんとうにありがとうございました。
ちょっとここで、優太のお父さんが6歳だったころの話をさせてください。
優太のお父さんは、子どもの頃、公立の幼稚園に通っていて、卒園したのは、もう35年も昔のことです。
そのころは、いまよりもずっと子どもがたくさんいて、優太のお父さんが通っていた幼稚園には同じ年のクラスが何クラスもあって、しかも1クラスに30人くらい友達がいました。
その中に、体がひときわ小さくて、手足が細く、足腰は曲がったままで、歩くときも立っているときもいつもしゃがんだような姿勢の男の子がいました(ちょうど、バギーに乗っていなくて人工呼吸器をつけていない優太を想像してくれるといいよ)。
優太のお父さんは、その子と席が近かったこともあって、すごく仲良く遊んでいました。

綾 優太くんあれから35年たちましたが、優太のお父さんは、幼稚園を卒園してから今まで、その子に会う機会はありません(それぞれ別の学校に進学したこともあるけどね)。
でも、「いまは会う機会はないが、あのとき、彼と知り合う機会があってほんとうによかった」と思っています。そして、優太のお父さんはいまでもときどき、その子のことをしみじみと思い出します。
思い出すたびに、いろんなことを考えさせられて、とても豊かな気持ちになります。
きっとあなたは、優太やほかのお友達のことを、これからも覚えていてくださることでしょう。
そして、もしかしたら、ふと思い出すことで、学校の勉強が面白くなったり、スポーツの練習が面白くなったり、友達とケンカしても解決する方法がみつかったり、お父さんもお母さんも学校の先生も思いつかないすごいアイデアを思いついたり……するかもしれませんよ。
「するかも」ね。でも、そうなるといいなあ。
そして、優太たちのことを懐かしく思い出してくれる日々が、末長く続くことを願っています。
げんきでね。

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